午前の部
当日は、ヨーロッパ各地から約220名の参加者がぞくぞくと集まり、イタリアからはシチリア、サルディーニャ、イタリアの 中央部及びベニスといった都市からも参加した。
AM10時。セミナーは白帯から黒帯までずらっと並んだ参加者と矢原首席師範との立礼から始まり、首席師範は早速我々を周囲に集め軽い挨拶の後話し始めた。
「What is Karate ? (空手とはなんですか?)」
我々は思わず口ごもってしまったが、彼は続けた。 「空手は他の格闘技とどこが違うのでしょうか?」 ・・・。
「空手とは、自分の持っている潜在能力を最大限に使った“一撃必殺”の武術であります」
しかし、我々はどうやってその力を出せばよいのだろうか?その答え導くのが矢原空手であり、今回のセミナーで最も重視するポイントであった。 首席師範はご自身の腰をいっぱいに絞り上げその説明を始めた。「身体が上下しないようこのように腰を床と平行に限界まで回します」。 首席師範はそれを容易に行っていた。が、見ることと実際にそれを行うことは大きく違い、私たちは今動いている物体が本当に自分の身体であるのかと疑った。そんな私たちに首席師範は身体操作の方法を分かりやすく説明してくれた。「この動きというのは頭で理解することは簡単です。しかし今皆さんが感じたように、実際に身体を使って動くというのは大変に難しい。空手には追突きや逆突き、受け技といった多くの技術がありますが、全てにおいて、腰を正しく限界まで使うということが重要です」。
首席師範は辺りを見回すと、一人の参加者に声をかけ、腰の使い方について実演を加えながら説明を始めた。時に激しく、時にジョーク(笑)を交えながら首席師範はたいへんわかりやすく解説をしてくれた。身体の全ての部位が、ターゲットに向かってパワーを出していく、力が作用していくように正しいフォームを作る必要があると。
身体操作を稽古した後、首席師範は参加者である我々にもう一つ質問をした。
「私たちは基本稽古の中で何を学び、なぜそれを行う必要があるのでしょうか?」
首席師範は続けた。
「それが空手であるならば、型や組手の中でさえも“基本”が正しく使えなくてはなりません。しかし残念なことに、現在の多くの人たちは相手と向かい合った瞬間にこれを忘れてしまうのです」。
KWFが基本組手、とりわけ自由一本組手をたいへん重要視しているのは、こうした理由からであった。
“基本”。型や組手においてもこれが正しくできることが我々の本来持つ潜在能力を最大限に引き出す唯一の方法である。そう首席師範は説明した。
しかし、我々が正しい自由一本組手を行うためには腰の回転のほかにもうひとつ、「体の伸縮」を加える必要があるという。なぜなら、爆発的な一撃を生み出すためには、私たちは己の身体を「GUNS ピストル」のように使う必要があるからだと。
「ピストル。特にそこに込められた“弾丸”というのは、あの小さな物体からは想像もできないほど火薬が“圧縮”されてできています。この圧縮が強ければ強いほどその爆発力は大きくなります」。
確かに理想を言えば、私たちは首席師範の言う“弾丸”になるべきだ。しかしどのように身体を使えばよいのだろう。私たちは首席師範が目の前で打つ、一挙手一投足に集中した。
それを作るために、まず胴体を真っすぐに保ったまま後ろ脚を最大限に曲げ前脚でその限界に耐える自らの身体を支える。私たちはまるで“今にも引き金を引くピストルに込められた弾丸”のように身体を圧縮し、後ろ脚に全神経を集中させた。
首席師範が号令をかけた次の瞬間、回転と圧縮により力が蓄えられた私たちの身体は、驚くほどのスピードとパワーでイメージした相手に向かって大きな“爆発”と共に発射された。まるで自分の身体ではないようだ。私たちは驚くほかなかった。
首席師範は、この技術を行うにはタイミングが必要だと説明を加えた。「相手にあたる瞬間に5体(両腕、両脚と腰)が同時に止まらなければなりません。それが“極め”です。もしこの5体のうち一つでもタイミングがずれた場合、それは死んだ技となります」。私たちはペアになってその身体の使い方を幾度も稽古した。
首席師範は私たちの動きを見て回り、とても丁寧にアドバイスやフォームの修正をしてくれた。 こうして午前中約2時間の稽古があっという間に終わり昼食となった。午後のレッスンが待ち遠しい。
午後の部
抜塞大(バッサイダイ)、慈恩(ジオン)そして雲手(ウンス)。
首席師範は午前の部で稽古したKWF独特の身体操作を使い、この3つの型を解説してくれた。それは私たちが今まで稽古してきたものとは順序は同じであっても、全く異質のものであった。
抜塞大。この型の前半部分には受けを伴った半身・逆半身という腰の使い方が出てくる。私たちは何度もこの一連の動きを稽古した。私が稽古して感じたのは、たとえば相手から攻撃を受け、この技でそれを受ける場合、腰回転の力が失われないように胴体は“ぶれる“べきではない。だから、この部分は胴体をしっかりと維持し(回転軸となるイメージで)、受けと腰回転のタイミングを同時に極めることに集中するとよいということだ。
抜塞大を稽古する時に参考になるだろうか?
慈恩においても、首席師範は“腰の回転”をポイントに各部分をたいへん詳しく解説してくれた。
そして今回のセミナーを締めくくる最後には、首席師範の得意型、雲手を稽古。この型を用いて首席師範は世界中を魅了したのだ。
半身・正面をいっぱいに使って四方突きを行った後、床に伏せて回蹴りの部分。首席師範が実際に演武してくれた。
そばにいた黒帯参加者の一人が首席師範めがけて渾身の前蹴りを放つ。しかし次の瞬間、首席師範は垂直に身体を床に落としその前蹴りの軌道から消えた。と同時に相手の腹部めがけて回蹴りを蹴込んでいた。まさに一瞬。その流れるような動きに私たちはただ見とれるばかりであった。
1日があっという間に過ぎてしまった。午前、午後を合わせて計4時間のセミナーが無事に終わった。参加者は最後の礼が終わると同時に首席師範の周りに集まり、写真やサインをお願いした(私もその一人である!)。
矢原首席師範。お忙しいスケジュールの中、私たちのためにたった1日のセミナーにもかかわらずお越しくださり本当にありがとうございました。この経験は私たち空手家にとって貴重な宝となることでしょう!